労働者の「自己保健保持義務」って何だろう?

近年、事業主の安全配慮義務違反を問われる判例を目にする機会が増えています。

会社には、従業員が安全・健康に働くことができるように配慮する義務があります。この義務を安全配慮義務といいます。そして、会社が、その義務を果たさないことを安全配慮義務違反といいます。

「安全配慮義務」は2008年3月に労働契約法第5条により明文化されました。

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

2015年12月にストレスチェック制度が50人以上の規模の事業場で義務化されましたが、上記の条文の「生命、身体等の安全」には、心の健康(精神的な健康)も含まれることとされています。

事業者が「安全配慮義務」をないがしろにできない状況は今後ますます加速していくでしょう。

一方で、労働者はどうでしょうか。

自分の健康を良好に保ち、「労働義務」を果たしているでしょうか。

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3割過失相殺のワケ

前回「管理監督者の労働時間は管理しなくてもよい?店長過労死で賠償命令(2017年1月30日)」の中で触れた製菓会社も安全配慮義務違反とされました。

長時間労働を把握しつつも上司が口頭で指示するにとどまり、具体的な改善や特段の聴取をせず、義務を尽くさなかったことを問われたのです。

一方、遺族が約9,500万円の損害賠償を求めたことに対して、4,600万円の支払い命令とし、3割の過失相殺を認めています。

これは、同労働者が、動脈硬化の危険がありつつも喫煙をやめず、運動をしていないなど医師の指示に従わなかった点が勘案されています。

他にも、2016年11月25日、店舗設備のレンタル会社にアルバイトとして勤務し、長時間労働の末に亡くなった38歳の男性の過労死が大阪地方裁判所に認定されました。

この判決は、ノルマのないアルバイトへの会社側の安全配慮義務を認める一方で、働く側も自分を守るために主張すべき部分はしっかり主張し、自分の身を守るために自ら動くことを促す判決となりました。

「自ら休日を取り。疲労敬服に努めるべきだった。」と言及し、賠償額の3割の過失相殺を認めています。

会社には「安全配慮義務」。労働者にも「・・・」

会社には労働時間を拘束する権利があると同時に、労働に対する賃金の支払い義務があります。

労働者には労働に対する賃金請求の権利がありますが、同時に「労働義務」を負っています。

「労働義務」には、誠実労働義務、職務専念義務などがあります。

労働者は労働契約に基づいて、命じられた仕事が完全に遂行できる心身の状態を保ち、誠実に勤務しなければならず、就業時間中は、使用者の指揮命令に従って、その職務に専念する義務がある。

ということです。

あなたは、命じられた仕事が完全に遂行できる心身の状態を保てているでしょうか。

労働生産性低下に伴う潜在的な損失

アメリカでは、2000年代に入って「プレセンティズム」という考え方が提唱され、労働生産性低下に伴う潜在的な損失を測定する評価方法が開発されました。

プレゼンティズムとは、「出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題により、充分にパフォーマンスが上がらない状態」を意味します。

寝不足などがわかりやすいですが、慢性的な倦怠感も今時期の花粉症もそうです。

それらの影響により、仕事の質が低下したり、仕事の量が低下したり、職務に手がつかない時間帯があったり、休暇をとるほどではないけれど、朝から体が重い、何となく調子が悪いという状況を経験したことがある方は少なくないと思います。

このような状態の従業員による損失の試算例も報告されています。

例えば、ダウ・ケミカルでは、社員1万人を対象に、スタンフォード・プレゼンティイズム・スケールという評価方式を用いて、労働損失額を試算を行いました。

その結果、労働損失額は全社で人件費の10.7%、そのうち約7割がプレセンティズムによる損失だったと言います。

1人当たりの損失が最も大きかった疾患は、うつ病。次に、呼吸障害、胃腸障害が続いたとのことです。

100人の会社であれば10人雇えることになります。従業員の健康状態が企業にもたらす損害は想像以上に大きいのです。

労働者の健康増進意識

健康増進に関する意識の調査では、こんな結果も出ています。

企業側が社員の健康に対して意識していると答えた割合が9割に達しているのに対して、社員側の意識が高いと回答した割合は6割弱にとどまったと言います。

体の健康診断が会社に義務づけられたのは戦後まもなくで、心の健康診断(ストレスチェック制度)が義務付けられたのは2015年12月のことです。

会社に「安全配慮義務」があるだけでなく、労働者にも「自己保健保持義務」(労働絵安全衛生法第4条等)があります。

生活習慣病をはじめとした病気を予防するために何ができるか。「自分の健康は自分で守る」という意識をより一層強化していく必要があるように思います。